
Lexicon PCM70は、40種類以上のプログラムを搭載した、ラックマウント型のデジタルリバーブ兼マルチエフェクトプロセッサーです。1985年に発売され、現在は生産終了しており、中古市場でのみ入手できます。
今回取り上げるLexicon PCM70(レキシコン・ピーシーエム・セブンティ)は、足元に置くコンパクトエフェクターではなく、1980年代にレコーディングスタジオの機材ラックに収まっていた業務用のデジタルエフェクトプロセッサーです。ギタリストが踏んで音を切り替える道具ではなく、ミキシングコンソールのセンド/リターン(補助的な信号の送受経路)に接続し、複数の楽器のトラックへ共通の残響を送るために使われてきました。当時のポップスやロックのレコーディングで数えきれないほど使われた「縁の下の力持ち」的な存在で、ボーカルやドラムに奥行きを与えるプロ用リバーブとして高い評価を確立しています。「なぜ今なお語り継がれるのか」を一言で言えば、当時のフラッグシップ機だった224XLの音響設計を大幅に手の届く価格に落とし込み、多くのスタジオに普及させた立役者だからです。
「よく見るけど詳しいこと知らないなぁ…」
そんな名機を端的に知って、より楽しむための試みです。
主な特徴とスペック
スペック面の要点は、40種類以上のプログラムを切り替えて使うラック型であることと、MIDIでパラメーターをリアルタイムに動かせる点です。
| エフェクトの種類 | デジタルリバーブ/マルチエフェクト(40種類以上) |
|---|---|
| コントロール | 前面ディスプレイとパラメーターホイール |
| 電源 | AC100/120/220/240V、50/60Hz(背面で切替) |
| 入出力端子 | 入力1系統・出力2系統(1/4インチTRSフォーン) |
| バイパス方式 | 前面BYPキー(モメンタリー式) |
| 筐体サイズ・重量 | 1U 19インチラック、約4.9kg |
| 製造国 / ブランド | アメリカ製(Lexicon) |
| 発売年 | 1985年(現在は生産終了) |
プログラムは、プレート(金属板の振動を模したリバーブ)、ルーム、チェンバー、コンサートホールなどの残響系に加え、ディレイ、コーラス、フランジング、逆再聴(リバース)リバーブなどです。
1プログラムあたり25〜35のパラメーターを持ち、全体では70種類以上のパラメータータイプを編集できます。MIDI経由でリアルタイムに最大10パラメーターを同時制御できる「Dynamic MIDI」機能も搭載しています。
入力は-20dBアンバランスまたは+4dBバランスを切り替えられ、出力2系統はアンバランス600Ωです。
バイパスは前面のBYPキーに加えて、背面にフットスイッチ端子があります。ラック機材のため、トゥルーバイパス/バッファードバイパスの区別はなく、デジタル処理そのものをミュートする形のバイパスとなります。
Lexiconはマサチューセッツ州ウォルサム拠点のブランドで、デジタルリバーブの草分け的存在として、フラッグシップ機224/224XLで名を馳せました。PCM70は1986年2月発行の音楽誌でレビューされています。
どんな音がするのか
PCM70全体を貫くキャラクターは「デジタルなのに耳当たりが柔らかく、それでいて解像度が高い」という質感です。上位機種224XLゆずりの残響アルゴリズムを継承しているため、単なる残響の付加にとどまらず、音の芯を保ったまま空間の奥行きを演出できるのが持ち味です。
QUAD CORTEXでも参照元となっているRich Plateプログラムは、初期反射(音が壁などに最初にぶつかって返ってくる音)の密度が高く、明るい音色を持つプレートリバーブのシミュレーションです。Lexicon自身も打楽器系のトラックへの使用を推奨しており、実際にドラムやパーカッションのトラックに「手を加えなくてもレコードに使えるレベル」でハマる、というエンジニアの評価が繰り返し語られてきました。低域は締まりつつも豊かで、高域は煌びやかに抜けていくため、ボーカルやスネアドラムに使うと、原音の輪郭を保ったまま華やかさをプラスできます。
他の有名なリバーブとの比較では、同時代のAMS RMX16が硬質でタイトな残響を得意とするのに対し、PCM70はより滑らかで音楽的な残響が持ち味とされます。また、ソフトウェア時代になってValhalla VintageVerbなどのプラグインがPCM70を含む往年のLexicon機材群の質感を再現の対象にしていることからも、その音の完成度の高さがうかがえます。ギターとの組み合わせで言えば、クリーンアンプで録ったギタートラックにRich Plateを軽くかけると、原音の粒立ちを保ったまま艶やかな空気感を足すことができます。
開発と使用のエピソード
PCM70は、上位機種224XLが持っていた洗練された残響アルゴリズムを、1台2,176ポンド(発売当時のイギリスでの実売価格帯)というより手頃な価格帯に落とし込んだ製品として登場しました。当時11,000ポンド近くした224XLと比べて破格の価格でありながら、マルチチョーラスやレゾナント・コード・プログラムといった224XL譲りの機能を多くのスタジオにもたらした点が、専門誌のレビューでも高く評価されています。
著名な使用例としては、Pink FloydのDavid Gilmour(デヴィッド・ギルモア)が、1994年の『The Division Bell』ツアー期のラックシステムにPCM70を組み込んでいたことが、ギルモアの機材を専門的に検証するアーカイブサイトgilmourish.comで詳しく紹介されています。同ラックでは主にディレイ用途として使われ、「Shine On You Crazy Diamond」や「Time」といった楽曲で、往年のBinsonエコーマシンが持っていたような複数のリピート音を再現するために活用されていました。また、Aphex Twin(エイフェックス・ツイン)が2014年に発表したアルバム『Syro』では、パッケージに封入された膨大な使用機材リストの中にLexicon PCM70が明記されており、電子音楽の制作現場でもこの機材が現役で使われ続けていたことが分かります。
使い方と信号チェーンでの位置づけ
ラック型のスタジオ機材であるPCM70は、ギターのシグナルチェーンに直列で挟むのではなく、ミキシングコンソールのAUXセンド/リターン(補助的な送り返し回路)に接続するのが基本の使い方です。複数のトラックからAUXセンドでPCM70に音を送り、リターンでミックスに戻すことで、各トラックに共通の残響を効率よくかけられます。
Rich Plateプログラムの典型的な使い方としては、Mix(原音と残響の混合比)をリターン側でコントロールし、ドラムやパーカッションのオーバーヘッドトラックに薄くかける、あるいはボーカルの主張を邪魔しない程度に控えめに送るのが定番です。ギターのDIやマイク録りの音源に使う場合も、Decay(残響の長さ)を短めに設定し、原音のアタック感を残したまま艶を足す方向でセッティングすると扱いやすくなります。
MIDIを使った重ね使いとして、Dynamic MIDI機能を使い、鍵盤や外部シーケンサーからリアルタイムでパラメーターを動かし、曲の展開に合わせて残響の密度や長さを変化させる、といった演出的な使い方も1980〜90年代のスタジオでは一般的でした。
相性の良い機材
相性の良いギターアンプ
PCM70はミキシングコンソールのセンド/リターンに接続するスタジオ機材であり、特定のギターアンプとの組み合わせが話題になる性質のものではありません。この項目については無理に作成せず省略します。
相性の良いエフェクター
- ミキシングコンソールのAUXセンド系統:PCM70はセンド/リターン運用が前提の設計で、複数のトラックに共通の空間をまとめてかけられるため、制作効率の面で重宝されました。
- コンプレッサー(リターン側):リターン信号に軽くかけて残響音の粒立ちを整えることで、残響の存在感をコントロールしやすくするテクニックがエンジニアの間で使われてきました。
- MIDIシーケンサー / キーボード:Dynamic MIDIによるリアルタイム制御で、曲の展開に合わせてパラメーターを動的に変化させられ、当時としては先進的な表現手法として活用されました。
兄弟機・派生機
Lexicon PCM60(1984年)
PCM70の前身にあたる、より機能を絞ったエントリー向けのデジタルリバーブです。
Lexicon PCM80(1990年代)
PCM70の後継にあたる上位機種です。ディスプレイやエディット機能が強化され、より高機能なアルゴリズムを搭載しています。
Lexicon PCM90(1990年代)
リバーブ専用に特化した上位機種で、224シリーズ譲りのアルゴリズムをさらに洗練させたモデルです。
モデリング・シミュレーション
エフェクターのモデリングとは、実機の回路や音響特性をデジタル技術で再現したもので、実機を用意しなくてもそのサウンドを手軽に使えるようにした機能です。PCM70は生産終了から長い年月が経っているため、各社のモデラーに再現版が収録されている価値が特に高い一台です。
QUAD CORTEX における収録
| 種別 | モデル名 | 元となった実機 |
|---|---|---|
| Effect | Studio Plate 70 (ST) | Lexicon PCM70(Rich Plateプログラム) |
QUAD CORTEXの公式デバイスリストには、CorOS 4.0.0(2026年1月配信)で追加されたリバーブとして「Studio Plate 70 (ST)」が収録されており、「Lexicon® PCM70™ Rich Plate programs」と明記されています。
Fractal Audio Systems における収録
Fractal Audio Wiki(wiki.fractalaudio.com)のReverbブロックのドキュメントを確認したところ、公式に定義されている基本タイプはSpring、Room、Hall、Chamber、Plateといった汎用的な名称にとどまり、「PCM70」や「Lexicon」を冠したモデルは見当たりませんでした。フォーラム(forum.fractalaudio.com)ではユーザーがAxe-Fx IIIとPCM70を併用する接続方法について議論している投稿はあるものの、公式にPCM70を参照元としたモデルは確認できないため、現行ラインナップには収録されていません。
LINE6 HELIX における収録
line6.jp/helix-models/のモデルリスト全体を確認しましたが、「ベース*」列に「Lexicon」あるいは「PCM70」を記載した行は見つかりませんでした。HELIXのリバーブ系モデルはすべて「Line 6 Original」として設計されているため、現行ラインナップには収録されていません。
Kemper における収録
Kemperのリバーブは、QUAD CORTEXやFractal Audioのような個別のハードウェアを模したモジュールではなく、汎用的なアルゴリズムとして提供される「Reverbエフェクトモジュール」です。Kemper公式フォーラム(forum.kemper-amps.com)でもPCM70を公式な参照元として明示した記載は確認できなかったため、Kemperのストンプエフェクトには収録されていません。
使用アーティスト
PCM70はギタリストが足元で操作するペダルではなく、レコーディングスタジオでプロデューサーやエンジニアが使用するラック機材であるため、本記事では「使用アーティスト」ではなく、確認できたレコーディングでの使用実績を以下にまとめます。
- David Gilmour(Pink Floyd)/『The Division Bell』ツアー(1994年):ギルモア機材専門アーカイブgilmourish.comによれば、ライブ用ラックシステムにPCM70を組み込み、主にディレイ用途としてBinsonエコーマシン風の複数リピート効果を再現していました。
- Aphex Twin(電子音楽アーティスト)/アルバム『Syro』(2014年):アルバムパッケージに同梱された使用機材リストにLexicon PCM70が明記されています。
よくある疑問
PCM60やPCM80とはどう違いますか?
PCM60は1984年発売の前身で、機能を絞ったエントリー向けです。PCM80は後継の上位機種で、ディスプレイやエディット機能が強化され、より高機能なアルゴリズムを搭載しています。PCM90はリバーブ専用に特化した上位機種で、224シリーズ譲りのアルゴリズムをさらに洗練させたモデルです。
QUAD CORTEXがあれば実機は不要ですか?
Rich Plateの質感を試す目的なら、QUAD CORTEXで足りる場合があります。CorOS 4.0.0で追加された「Studio Plate 70 (ST)」が、PCM70のRich Plateプログラムを参照元としています。一方で、実機は40種類以上のプログラムを持つラック機材で、QUAD CORTEXで確認できる収録はRich Plateを参照したモデルです。
ユーザーの評価と注意点
評価されている点
- フラッグシップ機譲りのアルゴリズムを手頃な価格で提供:上位機種224XLの音響設計を大幅に手の届く価格帯に落とし込んだことで、多くのスタジオに普及した経緯があり、当時の専門誌レビューでも高く評価されています。
- Dynamic MIDIによる先進的なリアルタイム制御:発売当時としては珍しく、MIDI経由で複数パラメーターを同時にリアルタイム制御できる機能を備えており、演出的な音作りに活用されてきました。
- 打楽器やボーカルに「手を加えず使える」プリセットの完成度:Rich PlateやRich Chamberといったプリセットは、多くのレコードでそのまま実用レベルで使われてきたと評されています。
注意点
- 生産終了機材で入手経路が中古市場に限られる:現行品ではないため、状態の良い個体を見つけるにはヴィンテージ機材専門店や中古市場を探す必要があります。
- 操作体系がディスプレイとパラメーターホイール中心:現代のタッチパネル式や直感的なノブ操作に慣れたユーザーにとっては、階層的なメニュー操作に戸惑うという声があります。
まとめ
Lexicon PCM70は、「フラッグシップ機224XL譲りの音響設計を手頃な価格で実現したこと」「Dynamic MIDIによる先進的な制御性」「Rich Plateをはじめとするプリセットの完成度」が揃った、1980年代デジタルリバーブの到達点の一つです。ギタリストが直接操作する機会は少ない機材ですが、David GilmourのライブラックやAphex Twinの制作現場など、ジャンルを超えて長く使われてきた実績が、その音の完成度を物語っています。
こんな制作・演奏に興味がある方に特におすすめです。
- 1980年代ポップス/ロックのプロダクションで多用されたリバーブの質感をルーツから知りたい方
- ドラムやボーカルに「手を加えずハマる」レベルのプレートリバーブを探している方
- デジタルリバーブの歴史を、フラッグシップ機224XLとの関係性から理解したい方
実機は生産終了しており入手のハードルが高い機材ですが、QUAD CORTEXの「Studio Plate 70 (ST)」を通じて、そのRich Plateの質感の一端に触れてみるのも良い入り口です。


