
Dallas Rangemaster Treble Boosterは、ゲルマニウム・トランジスタ1石で中高域を持ち上げ、アンプを押して歪ませるトレブルブースターです。1965年頃にイギリスのDallas Musical Ltd.から登場し、アンプの上に置いて使う卓上型ユニットでした。
「歪みペダルの元祖」とよく言われるのがDallas Rangemaster Treble Booster(ダラス・レンジマスター・トレブルブースター)です。今でこそトレブルブースターは数あるブースターの一カテゴリですが、1960年代当時のイギリスでは、暗くこもりがちな真空管アンプの音を一気に明るく押し出すための、ほぼ唯一無二の解決策でした。ノブはVolume(Set)が1つだけ。ペダルですらなく、アンプの上に乗せて使う卓上型のユニットだったという出で立ちからして、すでに伝説の風格があります。
Dallas Rangemasterは、ブルースロック・ハードロック・初期ヘヴィメタルといった「British系アンプをガツンと前に出したい」プレイスタイルにぴったりの一台です。Brian May、Tony Iommi、Rory Gallagherといった名手たちのあの忘れがたいトーンの核になっていた、というだけで試したくなる魅力があります。「歪みって、もともとはこういう発想から生まれたのか」と腑に落ちる、ロックギターの原点のような存在です。
「よく見るけど詳しいこと知らないなぁ…」
そんな名機を端的に知って、より楽しむための試みです。
主な特徴とスペック
スペック面の要点は、ノブがVolume(Set)1つだけという徹底した単純さと、アンプの上に置く卓上型という形です。
| エフェクトの種類 | トレブルブースター(ゲルマニウム1石の単段増幅) |
|---|---|
| コントロール | Volume(Set)のみ |
| 回路 / 増幅素子 | PNP型ゲルマニウム・トランジスタ1石 |
| 電源 | 9Vバッテリー駆動(極性は現代のアダプターと逆) |
| 入出力端子 | モノラル(入力・出力各1) |
| バイパス方式 | 前面のスライドスイッチ |
| 筐体 / 形状 | アンプの上に置く卓上型ユニット |
| 製造国 / ブランド | Dallas Musical Ltd.(イギリス・ロンドン) |
| 発売年 | 1965年頃(資料により1966年とも) |
増幅はPNP型ゲルマニウム・トランジスタ(Mullard OC44などが定番)1石によるコモンエミッタ増幅で、アンプを押して歪ませる用途が前提です。20dBを超えるゲインを稼ぎ、低域を削って中高域を持ち上げる特性があります。Volumeは「Set」とも呼ばれるブースト量を決める1ノブで、ツマミはこれ一つきりです。
電源は9Vバッテリー駆動が前提です。PNPゲルマニウム回路のため極性が現代の一般的なアダプターと逆になり、市販のセンターマイナス9Vアダプターはそのままでは使えないのが原則です。
入力インピーダンスは約10kΩ前後と低めで、ピックアップをわざと軽くロードする独特の設計です。バイパスはフットスイッチではなく前面のスライドスイッチで、卓上で手動オン・オフする想定でした。
1965年頃の登場ですが、資料により1966年とも言われます。オリジナルはすでに製造終了で、現在はクローンやリイシューが多数流通しています。国はいわゆるUK製です。
トレブルブースターとは、高音域を中心に持ち上げて信号を増幅するブースターのことです。
どんな音がするのか
Dallas Rangemasterのサウンドを一言で表すなら「British系の暗いアンプを、輪郭くっきりに押し出して歪ませる魔法の箱」です。
全体的なキャラクターは、名前の印象から「ただ高音を足すペダル」と思われがちですが、実際の核は中高域のブーストです。低域をバッサリ削り、ミッドから上をグッと持ち上げるため、もこもこした音が一気に前に出てきます。ギター直後につなぐと、暗いアンプのこもりが晴れて、芯のあるリードトーンに化けるのがいちばんの魅力です。
周波数帯域の傾向としては、低域がタイトに引き締まり、中域に強い存在感が宿り、高域が鋭く抜けます。ファズのようなベタッとした歪みではなく、ピーキーで張りのある質感です。ゲイン量・歪みの質感は、Rangemaster単体ではクリーンに近いブーストで、本領を発揮するのはアンプ側を歪ませたときです。Vox AC30やMarshall系の真空管アンプを軽く歪ませた状態に重ねると、歪みが深く・密度濃くなり、サステインが伸びます。
ダイナミクスへの追従性はゲルマニウム回路ならではで、ピッキングの強弱やギターのボリューム操作に素直に反応します。ギター側のボリュームを絞るとスッとクリーン寄りに戻り、上げれば歪みが濃くなります。この「手元で歪みをコントロールできる」感覚は、TS9のような現代的オーバードライブよりも生々しく、弾いていて気持ちのいいポイントです。
弾いていてどう感じるかでいうと、コードを鳴らすというより単音リードで真価が出るタイプです。シングルノートを弾くと各音が前にせり出し、歪んだアンプの中でもギターが埋もれません。Vox AC30のようなChimeのあるアンプと組み合わせた話として、暗めのトーンが一気に「歌う」ようになる、というのが多くのプレイヤーが惚れ込む瞬間です。
開発と使用のエピソード
Dallas Rangemasterは1965年頃、ロンドンのDallas Musical Ltd.から登場しました。当時のBritish系真空管アンプ(Vox AC30やMarshallの初期モデルなど)は暗くこもりがちで、抜けの良いリードを弾くのが難しいという悩みがありました。それを解決するために生まれたのが、ゲルマニウム・トランジスタ1石でできた極めてシンプルなこの箱です。フットペダルではなくアンプの上に置いて手で切り替える卓上型だった、という点も時代を感じさせます。
このユニットを語るうえで欠かせないのがRory Gallagher(ロリー・ギャラガー)です。彼はストラトキャスターをRangemasterで押し出し、あの突き抜けるブルースロックのトーンを作りました。彼自身の愛機(ナンバーワンと呼ばれた個体)は、近年Joe Bonamassaの手に渡ったことが報じられ、いかにこのユニットが伝説化しているかを物語っています。
Tony Iommi(トニー・アイオミ/Black Sabbath)もまた象徴的な使い手です。1960年代末にこのトレブルブースターをリグに加え、Laneyアンプの入力を押し上げて、初期Black Sabbathのあの重く太いリフのトーンを作り上げました。初期サバスのアルバム群はこの音が核になっています。そしてBrian May(ブライアン・メイ/Queen)は、Rory Gallagherが使っているのを目の当たりにしてRangemasterに開眼したと語られており、自作ギター「Red Special」とVox AC30に組み合わせたあの分厚いコーラスのようなリードトーンへとつながっていきました。
なおEric Clapton(エリック・クラプトン)については、John Mayall & the Bluesbreakers期にRangemasterを使ったという噂が長く語られてきましたが、録音セッションの写真にはRangemasterが写っておらず、確証は得られていません。ここは「伝説として語られるが裏付けは取れていない」と捉えておくのが正確です。
使い方と信号チェーンでの位置づけ
信号チェーン(シグナルチェーン: ギターからアンプまでの音の経路)での位置は、迷わずいちばん前段(ギター直後)です。Rangemasterは入力インピーダンスが低く、ギターのピックアップを直接受けてこそ独特のキャラクターが出ます。前にバッファやほかのペダルを挟むと、あの低域を削って中高域を押す感触が薄れてしまうので、できればギターの一番近くに置くのが鉄則です。
典型的なセッティング例:
- 定番のアンプブースト用途: Volume(Set)= 2〜3時(高め)。すでに軽く歪ませたBritish系アンプの前に置き、リードで踏むとゲインと抜けが一気に増します。Rory Gallagher/Tony Iommi系の使い方です。
- クリーン気味アンプの明るさ補正: Volume = 11〜1時。暗くこもったアンプのトーンを持ち上げて芯を出します。歪みは控えめに、抜けだけを足す感覚です。
- 手元コントロール前提のセッティング: Volumeは高めに固定し、歪みの濃さはギター側のボリュームで調整します。ゲルマニウム回路の追従性を活かす王道の使い方です。
アンプとの組み合わせは、Vox AC30やMarshallのようなBritish系真空管アンプが大前提です。これらの「暗めで中域の濃い」アンプを軽く歪ませた状態に重ねると、Rangemasterの中高域ブーストがハマって歌うようなリードになります。逆にもともと明るくハイの出るアメリカン系クリーンアンプに高めの設定で突っ込むと、高域がキンキンして耳に痛くなりやすいので注意が必要です。
重ね使いでは、Rangemaster → 歪みアンプ という流れが基本です。空間系(ディレイ・リバーブ)はその後段、つまりアンプのエフェクトループや歪みの後ろに置くと音像が濁りません。ファズの前にRangemasterを置いてさらに押し出す、という荒技を好むプレイヤーもいます。
相性の良い機材
相性の良いギターアンプ
- Vox AC30(30W / Class Aの煌びやかなChimeと、やや暗めの土台):Brian Mayの代名詞的な組み合わせです。AC30のこもりがちな部分をRangemasterが押し上げ、分厚く歌うリードになります。
- Marshall(JTM45 / Plexi系)(45〜100W / British中域とザラついたクランチ):暗めのBritishアンプを軽く歪ませた前段でブーストします。中高域が前に出て、リフ・リードがタイトに締まります。
- Laney(初期モデル)(British系 / 太く粘る歪み):Tony Iommiが初期Black Sabbathで使った組み合わせです。入力を押し上げて、重いリフのオーバードライブを作ります。
相性の良いエフェクター
- ファズ(Fuzz Face系など):さらに歪みを重ねる組み合わせです。Rangemasterで押し出した信号をファズに送る、または逆順で使うと、太さと抜けを両立した60〜70年代型のリードが作れます。
- ワウ(Cry Baby系):周波数を動かす表現ができます。中高域の強いRangemasterとワウは相性が良く、突き抜けるリードに表情を付けられます。前段に置くのが基本です。
- ディレイ・リバーブ:空間的な広がりを足します。歪みを作った後段に置くのが鉄則で、Rangemasterで作った芯のあるリードを濁さずに広げられます。
兄弟機・派生機
Dallas Rangemasterはあまりに有名なため、後世に膨大なクローン・派生機を生みました。ここでは代表的なものを挙げます(オリジナルそのものの公式な兄弟機というより、回路を継いだ後継・発展機です)。
BSM RM / RPシリーズ等
BSM(ドイツ)の製品群で、Rangemaster系トレブルブースターを多数展開する専門ブランドです。アーティストごとのトーンに寄せた派生が豊富で、ハイゲイン寄りのモデルもあります。
Radian Germanium Boost
Aion FX(DIYキット)によるクローン設計で、Rangemaster回路をフットペダル化したものです。現代的に電源・バイパスを扱いやすくしています。
各種OC44ゲルマニウム・トレブルブースター
ブティック各社が手がけるクローン群です。OC44などのゲルマニウム素子を使い、フットスイッチとセンターマイナス電源対応にして、現代のボードに組み込めるよう作り直しています。
モデリング・シミュレーション
エフェクターのモデリングとは、実機の回路や音響特性をデジタル技術で再現したもので、実機を用意しなくてもそのサウンドを手軽に使えるようにした機能です。Dallas Rangemasterのような歴史的名機は、ビンテージの個体が高価で入手も難しいぶん、各社のマルチエフェクター/アンプシミュレーターに収録されている価値が特に高い一台です。
QUAD CORTEX における収録
| 種別 | モデル名 | 元となった実機 |
|---|---|---|
| Effect | Rage Booster | Dallas Rangemaster Treble Booster |
QUAD CORTEX(Neural DSP)のGuitar effectsセクションには、Rangemasterを再現したモデルが「Rage Booster」として収録されています(CorOS 1.0.0から搭載)。実機同様、暗めのアンプの前段に置いて中高域を押し出すブースト用途で活躍します。
Fractal Audio Systems における収録
| 種別 | モデル名 | 元となった実機 |
|---|---|---|
| Effect | Treb Boost | Dallas Rangemaster Treble Booster |
Fractal Audio機器(Axe-FX、FM9、FM3等)のDriveブロックには、Rangemasterをモデリングした「Treb Boost」が収録されています。Fractal Audioフォーラムでも実機Rangemasterベースであることが明示されており、実機のSetノブはDriveコントロールに対応します。暗めのアンプやClass A系を押すのに特に効果的とされています。
LINE6 HELIX における収録
| 種別 | モデル名 | 元となった実機 |
|---|---|---|
| Effect | Deranged Master | Dallas Rangemaster Treble Booster |
LINE6 HELIXのDistortionカテゴリには、Rangemasterをベースにした「Deranged Master」が収録されています(ファームウェア2.60で追加)。LINE6は商標上の理由から独自のもじり名称を使っており、「Deranged Master」が「Rangemaster」に相当するモデルです。実機がVolume1つだったのに対し、HELIX版はGain・Bass・Trebleなどのコントロールが追加され、より幅広いセッティングが作れます。
Kemper における収録
| 種別 | モデル名 | 元となった実機 |
|---|---|---|
| Effect | Treble Booster(汎用ブースト・ストンプ/特定実機の再現ではない) | 特定の実機モデルとしての収録なし |
Kemperには「Treble Booster」という名称のBoosterストンプが搭載されていますが、これはDallas Rangemasterを直接モデリングしたものではなく、高域を中心に持ち上げる汎用的なトーン整形ツールです。Rangemasterそのものを再現した独立モデルは、Kemperのストンプエフェクトには収録されていません。Rangemaster的な「暗いアンプを押して歌わせる」使い方は、この汎用Treble Boosterストンプで近づけることはできますが、実機固有のゲルマニウムの質感までを一対一で再現したモデルではない、と理解しておくのが正確です。
使用アーティスト
海外のアーティスト
- Brian May(Queen)/ハードロック、アリーナロック:Rory Gallagherの使用を見て開眼しました。Red Special+Vox AC30+Rangemasterで、分厚く歌うリードトーンを確立しています。
- Tony Iommi(Black Sabbath)/ヘヴィメタル(黎明期):1960年代末にリグへ導入し、Laneyの入力を押し上げて初期Black Sabbathの重いリフトーンを作りました。
- Rory Gallagher/ブルースロック:ストラト+Rangemasterで突き抜けるリードを聴かせた象徴的ユーザーです。愛機はのちにJoe Bonamassaが所有しています。
- Marc Bolan(T. Rex)/グラムロック:ザラついた前に出るギタートーンにRangemasterが関与したと、機材記事で語られています。
- Ritchie Blackmore/ハードロック:British系アンプを押すトレブルブースター使いとして名が挙がります。
なおEric Claptonについては、Bluesbreakers期にRangemasterを使ったという噂が有名ですが、信頼できる裏付けが取れていないため使用アーティストとしての記載は見送ります。
よくある疑問
Rangemasterのクローンや派生機は何が違いますか?
多くは回路を継ぎつつ、現代のボードで使いやすく作り直した点が違います。オリジナルは卓上型でスライドスイッチ、9Vバッテリー前提でしたが、Aion FXのRadian Germanium Boostはフットペダル化し、電源とバイパスを扱いやすくしています。ブティック各社のOC44系クローンもフットスイッチとセンターマイナス電源に対応しています。BSMは派生が豊富で、ハイゲイン寄りのモデルもあります。
QUAD CORTEXがあれば実機は不要ですか?
手軽に試すだけなら、不要です。QUAD CORTEXにはRangemasterを再現した「Rage Booster」が収録されており(CorOS 1.0.0から搭載)、暗めのアンプの前段に置いて中高域を押し出す使い方ができます。一方、実機はゲルマニウムの個体差や価格が悩みどころで、Kemperのように実機の再現モデルを持たない機種もあります。
ユーザーの評価と注意点
評価されている点
- 「トレブル」ブースターでありながら本質は中高域ブースト:低域をバッサリ削って中域から上を押すため、暗くこもったBritishアンプが一気に前に出ます。名前から想像する以上に「芯のある」音になると多くのレビューで語られます。
- 歪みアンプを歌わせる相棒としての完成度:単体では派手に歪まないが、軽く歪ませた真空管アンプに重ねるとサステインと密度が劇的に増します。リードが埋もれない、という点が繰り返し評価されます。
- ゲルマニウムならではの手元コントロール性:ギターのボリューム操作やピッキングの強弱に素直に反応し、手元で歪みを行き来できます。この生々しい追従性がビンテージ系プレイヤーに支持される理由です。
- ロック史に刻まれた由緒:Brian May、Tony Iommi、Rory Gallagherのトーンの核という事実そのものが、他のブースターにはない説得力になっています。
注意点
- 暗めのBritishアンプ前提の設計:もともと明るくハイの出るアメリカン系クリーンアンプに高めの設定で突っ込むと、高域がキンキンして耳に痛くなりやすくなります。アンプを選ぶ一台だと理解しておきたいところです。
- 電源・極性が現代の常識と逆:PNPゲルマニウム回路のため、市販のセンターマイナス9Vアダプターがそのまま使えないことが多くあります。電池駆動前提だったり、専用の電源対応が必要な点はオリジナル系・クローンともに要確認です。
- 置き場所(接続順)に敏感:入力インピーダンスが低く、ギター直後に置かないと持ち味が出にくくなります。前にバッファやペダルを挟むとキャラクターが薄れるため、ボード設計に気を使います。
- 個体差・素子のばらつきが大きい:ゲルマニウム・トランジスタは個体ごとに特性がばらつきやすく、オリジナル個体やクローンでも「当たり外れ」があります。同じ名前でも音が違う、という声がつきまといます。
まとめ
Dallas Rangemaster Treble Boosterは、「中高域を押し出してBritishアンプを歌わせる」という一点に特化した、ロックギターの原点とも言える一台です。ノブはVolume1つ、形はアンプの上に乗せる卓上型という潔さながら、Brian May・Tony Iommi・Rory Gallagherといった巨匠たちのトーンの核を担ってきた実績は別格です。
こんな演奏をしたい方に特におすすめです。
- Vox AC30やMarshallなどBritish系アンプを、芯のある歌うリードに変えたい方
- Brian MayやTony Iommi、Rory Gallagher系のビンテージなトーンに憧れている方
- ギターのボリュームやピッキングで歪みをコントロールする、手元主体の弾き方が好きな方
- 「歪みの元祖」を体感して、ロックギターのトーンの成り立ちを知りたい方
現代的な多機能ペダルとは正反対の、潔いほどシンプルな一台です。アンプとの相性さえ合えば、暗かったトーンが嘘のように前に出てくる瞬間に出会えます。実機は高価で個体差もありますが、QUAD CORTEXの「Rage Booster」をはじめ各社のモデリングでも気軽にその魔法を試せます。ロックトーンのルーツを、ぜひ一度自分の耳で確かめてみてください。

