ディストーションペダルの「ど定番」を一台挙げるなら、ProCo RAT(プロコ・ラット)は絶対に外せません。RATはディストーション(オーバードライブよりも深く、荒々しく歪ませるエフェクト)に分類されますが、その守備範囲はやけに広く、Distortionノブの設定しだいで軽いブースト〜ガッツリしたディストーション、さらにはファズ的な飽和まで一台でこなしてしまうのが最大の個性です。1970年代後半にアメリカ・ミシガン州の「ネズミがうろつく地下室」で生まれたという逸話を持ち、LM308というオペアンプ(信号を増幅する集積回路)が生み出す、粗いのに芯のある独特の歪みで世界中のプレイヤーを虜にしてきました。
RATの魅力をひと言で表すなら「荒々しいのに音抜けが良い、唯一無二のザラつき」です。クリーンアンプにつないでメインの歪みとして使うのはもちろん、歪んだアンプの前に置くブースターとしても優秀。グランジ、オルタナティブ、シューゲイザーといったジャンルとの相性が抜群で、ジェフ・ベックのような大御所からカート・コバーンのようなロックアイコンまで、ジャンルの垣根を超えて愛用されてきた「迷ったら踏んでおけば間違いない」一台です。
ProCo RATの主な特徴とスペック
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| エフェクトの種類 | ディストーション(オーバードライブより深く荒く歪ませるエフェクト)。オペアンプによる増幅とダイオードのハードクリッピング(信号の波形の頭を強く削って歪みを作る方式)を組み合わせた回路。設定によりブースト〜ディストーション〜ファズ的な領域までカバーする |
| コントロール | Distortion(歪みの量)、Filter(高音域の量。一般的なToneと逆で、左に回す(反時計回り)ほど明るく、右に回すほど高域が削れて丸くなる)、Volume(出力レベル)の3ノブ |
| 電源 | 9Vバッテリー(006P)またはDC 9V 外部アダプター(センターマイナス極性)。消費電流は数mA程度と少なめ |
| 入出力端子 | モノラル1系統(インプット・アウトプット各1) |
| バイパス方式 | モデルや製造年代により異なる。現行のRAT2はハードワイヤード・バイパス(オフ時に内部回路を介さず信号を通す方式で、トゥルーバイパスに近い)。一部のヴィンテージ個体や仕様によってはバッファを通すものもあり、年代によって挙動が変わる点に注意 |
| オペアンプ | 初期はLM308。1996年頃にLM308が製造中止となったため、以降はOP07系などに変更されている。RATらしい荒い歪みの核とされるのがこのLM308で、ヴィンテージ個体が珍重される理由のひとつ |
| 筐体サイズ | 現行RAT2はコンパクトサイズ。初代は大型筐体(通称「ビッグボックス」)だった |
| 製造国 / ブランド | ProCo Sound(アメリカ)。基本はUSA製。2008年以降は一部に海外(中国)生産モデルも登場した |
| 発売年 | 初代RATは1978〜1979年頃に登場。1988年にLEDを追加したRAT2へ移行し、現在もRAT2が現行品として生産継続中 |
ProCo RATはどんな音がするのか
RATのサウンドを一言で表すなら「ザラっと粗いのに、芯がしっかり通ったディストーション」です。
全体的なキャラクターとして、Ibanez TS9のようなチューブスクリーマー系オーバードライブと比べると、はるかにアグレッシブでワイルドです。TS系が中音域を持ち上げてマイルドにまとめるのに対し、RATは歪みの粒が粗く、ジリジリとした倍音が前に出ます。それでいて音が潰れて埋もれることはなく、コードを弾いても各弦の輪郭が残るのが不思議な魅力です。
周波数帯域では、ガッツのある中低域が土台になり、Filterノブで高域の量を調整します。このFilterは一般的なToneと逆方向で、左いっぱい(反時計回り)にすると最も明るくジャリッとし、右に回すほど高域が削れてダークでぶっとい音になります。ザラつきが耳に痛いときは少し右に回すだけで角が取れるので、音作りの自由度が高い部分です。
ゲイン量・歪みの質感は守備範囲が広く、Distortionを絞ればクランチ〜軽いブースト、12時付近で王道のロックディストーション、フルにすると分厚く飽和してほとんどファズのような領域まで到達します。低い設定ではダイオードによるクリッピングが主体ですが、上げていくとオペアンプ自体が歪み、サステインと厚みが一気に増します。
ダイナミクスへの追従性も良好で、ピッキングの強弱がそのまま歪みの荒さに反映されます。ギターのボリュームを絞るとザラつきが落ち着いてクランチ寄りになり、上げると一気にワイルドになる操作感は、弾いていて素直に気持ちが良いポイントです。Fender系のクリーンアンプにつなぐとRATの個性がストレートに出て、グランジやオルタナの荒れたトーンが作りやすく、Marshall系の前に置けばアンプの歪みをさらに押し出すブースターとしても機能します。
ProCo RATのエピソード
RATは1970年代後半、アメリカ・ミシガン州カラマズーにあるProCo Soundの地下室で生まれました。設計者が抵抗値を間違えて取り付けたことが高ゲインで倍音豊かな回路につながった、という偶然のエピソードが語り継がれており、「ネズミがうろつく地下室で作られた」という出自そのものがRAT(ネズミ)という名前の由来にも重なっています。1988年にはオン/オフを示すLEDを追加したRAT2へと進化し、これが現在まで続く最も有名なバージョンになりました。
RATを語るうえで欠かせないのが、ジャンルを問わない使い手の幅広さです。ジェフ・ベック(Jeff Beck)は1980年代半ばから1999年頃までライブで使用し、アルバム『Guitar Shop』でもRATのサウンドが聴けます。テクニカルでありながら荒々しいベックのトーンに、RATの粗い倍音がよくマッチしています。
グランジ世代の象徴であるカート・コバーン(Kurt Cobain/Nirvana)は、アルバム『Nevermind』でRATを使用したことで知られます。あの荒れて潰れたようでいて芯のあるギターサウンドは、RATの個性そのものです。同じくオルタナティブ系ではサーストン・ムーア(Thurston Moore/Sonic Youth)もRAT愛好家として挙げられます。
さらに、ピンク・フロイドのデヴィッド・ギルモア(David Gilmour)はDivision Bellツアーでサステインを伸ばすためにRATを踏んだと伝えられ、レディオヘッドのトム・ヨーク(Thom Yorke)はTurbo RAT(RATの派生機)をメインの歪みとして使用しています。クラシックロックからオルタナ、エクスペリメンタルまで幅広い名前が並ぶのが、RATというペダルの懐の深さを物語っています。
ProCo RATの使い方と信号チェーンでの位置づけ
信号チェーン(シグナルチェーン: ギターからアンプまでの音の経路)での基本的な位置は、ギター側の前段です。コンプレッサーやワウの後、ディレイ・リバーブといった空間系の前に置くのが定番。メインの歪みとして使うのはもちろん、歪んだアンプをブーストする場合はアンプのインプットに直接つなぎます。
典型的なセッティング例:
- 王道ロックディストーション(最も定番): Distortion = 12時、Filter = 11〜1時、Volume = 原音と同程度。クリーンアンプにつないでRATらしいザラついた歪みを作る基本セッティング。
- グランジ/オルタナ的なワイルドトーン: Distortion = 2〜3時、Filter = 12〜2時(やや高域を削る)、Volume = 適宜。分厚く飽和した荒い歪みで、カート・コバーン系の音を狙う。
- ブースター/クランチ用途: Distortion = 8〜10時(低め)、Filter = 9〜11時(明るめ)、Volume = 高め。歪みアンプの前に置いてゲインと音量を足す、またはクリーンアンプで軽いクランチを作る。
アンプとの組み合わせでは、Fender系のクリーンアンプに単体でつなぐ使い方が個性を一番引き出します。RATの粗い倍音がそのまま乗り、オルタナ/グランジ系のトーンが作りやすくなります。Marshall系の歪みチャンネルをブーストする場合は、Distortionを低めにしてVolumeを上げると、アンプの歪みを荒く押し出せます。Filterを上げすぎる(右に回しすぎる)とこもりがちなので、抜けが欲しいときは左寄りに調整するのがコツです。
重ね使いでは、後段にディレイやリバーブを置いて空間を足すのが基本です。RATは歪みが粗いぶん空間系を濁らせやすいので、必ず歪みの後ろに配置すると音像がまとまります。
ProCo RATと相性の良い機材
相性の良いギターアンプ
| アンプ | 出力 / 特徴 | RATとの組み合わせが人気な理由 |
|---|---|---|
| Fender Twin Reverb / Deluxe Reverb | 22〜85W / クリーンで中域が控えめ | RATをメインの歪みとして使う相手として定番。クリーンな土台にRATの粗い倍音がストレートに乗り、グランジ/オルタナ系のトーンが作りやすい |
| Marshall系(JCM800など) | 50〜100W / 中域の押し出しとアグレッシブな歪み | 歪みチャンネルの前にRATを置くブースト用途で人気。アンプの歪みを荒くワイルドに押し出せる |
| Hiwatt / 大出力クリーン系 | 50〜100W / 硬質で見通しの良いクリーン | デヴィッド・ギルモア的なサステインの伸びるリードトーンを狙う組み合わせ。クリーンの抜けの良さとRATの倍音が両立する |
相性の良いエフェクター
| エフェクター | 役割 | この組み合わせが定番な理由 |
|---|---|---|
| ディレイ・リバーブ(空間系全般) | 空間的な広がりを足す | RAT → 空間系 の順が基本。粗い歪みを作った後段で広げることで音像が濁らない。オルタナ/シューゲイザー系で必須の組み合わせ |
| ワウペダル(Cry Baby等) | フィルターによる音色変化 | ワウ → RAT の順が定番。荒い歪みにワウを掛けると、表現力のあるリードトーンになる |
| クリーンブースター | 音量・前に出る感じを稼ぐ | RATの後段に置いてソロで音量を持ち上げる、または前段でアンプ込みのゲインを増やすなど、柔軟に組める |
ProCo RATの兄弟機・派生機
| モデル | 発売年 | RAT2との違い |
|---|---|---|
| The RAT(初代) | 1978〜1979年頃 | 大型筐体(ビッグボックス)のオリジナル。LM308搭載のヴィンテージ個体は中古市場で高値が付く |
| Turbo RAT | 1989年 | クリッピング用ダイオードをLEDに変更。RAT2より歪みが深く、サステインが豊か。トム・ヨークが使用するのもこのモデル |
| You Dirty Rat | 2004年 | ゲルマニウムダイオードを採用し、より飽和してコンプレッションの効いた歪み。ヴィンテージ寄りのザラつきが特徴 |
| Deucetone Rat | 2002年 | 2つのRAT回路(チャンネルA/B)を搭載し、それぞれ3種のクリッピングモードを選べる多機能版 |
| FATRAT | 2014年 | 低域を拡張する「Fat」スイッチを搭載し、より太い音が作れる。LM308搭載をうたうモデル |
ProCo RATのモデリング・シミュレーション
エフェクターのモデリングとは、実機の回路や音響特性をデジタル技術で再現したもので、実機を用意しなくてもそのサウンドを手軽に使えるようにした機能です。RATのような定番ディストーションは、各社のマルチエフェクター/アンプシミュレーターに高い確率で収録されています。
ProCo RATのQUAD CORTEXにおけるモデリング
| 種別 | モデル名 | 元となった実機 |
|---|---|---|
| Effect | Rodent Drive | ProCo RAT |
QUAD CORTEX(Neural DSP)のGuitar effectsセクションには、RATを再現したモデルが「Rodent Drive」として収録されています。Rodent(げっ歯類=ネズミ)という名前がRATを連想させるネーミングで、実機同様の粗くも芯のある歪みが得られます。
ProCo RATのFractal Audio Systemsにおけるモデリング
| 種別 | モデル名 | 元となった実機 |
|---|---|---|
| Effect | Rat Dist | ProCo RAT |
| Effect | Fat Rat | ProCo RAT(ゲルマニウム系のより太い派生) |
Fractal Audio機器(Axe-FX、FM9、FM3等)のDriveブロックには、RATをモデリングした「Rat Dist」が収録されています。これはシリコンダイオードによる標準的なRATサウンドで、加えて「Fat Rat」というより太くスムースな派生モデル(ゲルマニウム系のクリッピングで低中域に厚みがある)も用意されています。フォーラムでもどちらもProCo RATベースであることが明示されています。
ProCo RATのLINE6 HELIXにおけるモデリング
| 種別 | モデル名 | 元となった実機 |
|---|---|---|
| Effect | Vermin Dist | ProCo RAT |
LINE6 HELIXのDistortionカテゴリには、RATをベースにした「Vermin Dist」が収録されています。Vermin(害獣=ネズミなどの小動物)という、RATを連想させるもじり名称が使われています。なお、HELIXでは後年、このVermin Distを作り直した改良版「Ratatouille Dist」も追加されていますが、既存ユーザーのプリセット互換のため両方が残されています。
ProCo RATのKemperにおけるモデリング
| 種別 | モデル名 | 元となった実機 |
|---|---|---|
| Effect | Mouse | ProCo RAT |
Kemperのストンプエフェクト(Distortionカテゴリ)には、RATをモデリングした「Mouse」が収録されています。Mouse(ハツカネズミ)という、やはりRATを思わせるネーミングです。Kemperは公式に「このモデル名=この実機」という一対一の対応リストを明示していませんが、Kemperフォーラムの定番スレッド「List of stomps and what they’re *really* modeled on」で、MouseがProCo RATベースであることが共有されています。
ProCo RATの使用アーティスト
海外のアーティスト
| アーティスト | 音楽スタイル | 使用・補足 |
|---|---|---|
| Jeff Beck | ロック / フュージョン | 1980年代半ば〜1999年頃までライブで使用。アルバム『Guitar Shop』でもRATサウンドが聴ける |
| Kurt Cobain(Nirvana) | グランジ / オルタナティブ | アルバム『Nevermind』でRATを使用。荒れて芯のある象徴的なギタートーンの核 |
| Thom Yorke(Radiohead) | オルタナティブ / エクスペリメンタル | 派生機のTurbo RATをメインの歪みとして使用 |
| David Gilmour(Pink Floyd) | プログレッシブロック | Division Bellツアーで、サステインを伸ばすブースト用途にRATを使用したと伝えられる |
| Thurston Moore(Sonic Youth) | ノイズロック / オルタナティブ | RAT愛好家として複数の機材記事で挙げられる |
日本のアーティスト
現時点で信頼できる情報源からの裏付けが取れていないため記載を省略します。
ProCo RATの特徴と注意点
特徴
- 粗いのに芯がある独特の歪み:LM308オペアンプとダイオードのハードクリッピングが生む、ジリジリした倍音と太い芯の両立がRATならでは。「荒いのに音が埋もれない」と多くのレビューで言及される。
- ブースト〜ディストーション〜ファズまでの広い守備範囲:Distortion一つで軽いクランチからファズ的飽和まで作れるため、「これ一台で歪みは足りる」という声が定番。ジャンルを問わず使える汎用性が評価されている。
- 逆向きのFilterによる音作りの自由度:左に回すほど明るくなる独特のFilterは慣れると直感的で、耳に痛いザラつきを右に回すだけで簡単にいなせる点が好まれている。
- 多くの名盤で聴ける「あの音」がすぐ出る:グランジ/オルタナ系の象徴的トーンが手早く作れるため、その手のサウンドを狙うプレイヤーから「これでしか出ない音がある」と支持される。
注意点
- 年代・モデルによってオペアンプや音が変わる:LM308搭載の旧個体と、OP07系に変わった以降の個体で音の評価が分かれる。ヴィンテージ個体は高価で、同じ「RAT」でも中身が一律ではない点に注意。
- バイパス方式が年代により異なる:現行RAT2はトゥルーバイパスに近いハードワイヤード・バイパスだが、年代や仕様によってはバッファを通すものもあり、オフ時の音の変化が個体差として出ることがある。
- Filterを上げすぎるとこもりやすい:一般的なToneと逆方向のため操作に慣れが必要で、右に回しすぎると高域が削れてバンドの中で埋もれがち。抜けが欲しいときは左寄りが基本という指摘が多い。
- あくまで荒さが個性なので上品さは期待しない:きめ細かく滑らかな歪みを求めると合わない。良くも悪くもワイルドで、その粗さこそがRATの魅力だと理解して使うのが前提。
まとめ
ProCo RATは、「粗いのに芯のある歪み」「ブースト〜ファズまでの広い守備範囲」「唯一無二のザラついた個性」が三拍子そろった、ディストーションの完成形のひとつです。クリーンアンプのメイン歪みとしても、歪みアンプのブースターとしても水準以上にこなし、40年以上現役という事実がその信頼性を裏付けています。
こんな演奏をしたい方に特におすすめです。
- グランジ、オルタナティブ、シューゲイザーといった荒れた質感の歪みが欲しい方(カート・コバーンやトム・ヨーク系のトーンが好きな方)
- TS系のマイルドなオーバードライブでは物足りず、もっとワイルドでアグレッシブな歪みを探している方
- 一台でブースト〜ディストーション〜ファズ的領域までカバーできる懐の深いペダルが欲しい方
- 「これでしか出ない音」を持つ、個性の強い定番ペダルを一台持っておきたい方
上品さで売る一台ではありませんが、その荒々しさこそが多くの名盤を支えてきました。「ネズミの地下室」から生まれた唯一無二のザラつきを、ぜひ自分の足で確かめてみてください。
